家族

<いつか>

映画や小説などの物語が、あなたの琴線に触れたことがあると思います。
大切な人との別れや、動物と人との絆など、感銘を受ける要素は人それぞれ。
今回は年が年中ドライアイの私を泣かせた本について、語りたいと思います。



物語は、遠い未来、至る所で争いが続いている世界に生きる不器用な親子と、
気弱な性格のために何をやっても失敗続きの少年の、3人を軸に廻ります。


脱走兵だった母は落延びた先で1人の男と恋に落ち、娘を産みました。
こんな世界に生まれたことを、娘はいつか後悔するかも知れない。それでも。
矛盾や絶望を以てしても消せない輝きに溢れた世界を、見せてあげたくて。
そんな母を、2つの残酷な現実が襲います。
1つは、愛する夫の病死。
そして、もう1つは――


運命の歯車に食い込んだ絶望という名の石ころが、親子の関係に不協和音を
生みだすようになってしまいました。
娘は、誰よりも愛している母に、嫌われてしまっているのだと思い込み。
母は、誰よりも愛している娘に、冷たく接することしかできなくなって。


そんな2人を変えたのが、規格外の能力を持ちながらも気弱な性格が災いし
何をやらせても失敗ばかりの、1人の少年でした。とある理由から“家族”
というものに並々ならぬ憧れを抱く少年は、ひょんなことから知り合った
この母と娘、それぞれと個別の交流を図るなかで、ある違和感を覚えます。
母と娘はそれぞれ、お互いのことを次のように言っていました。
自分は母に嫌われているけれど、自分も母を嫌いなのだから仕方ない。
娘の養育義務を果たしているのに、愛情まで持てと言われても迷惑だ。
しかし、少年は聞いていたのです。全く別の日に、全く同じ歌を、母と娘が
口ずさむのを。それは遠い昔、母が娘に歌った子守唄だということを知り、
少年は意を決して母に切り出しました。
あの子はあなたのことが大好きで、あなたに愛されたいと願っているのだと。
母は、私が娘にどんな仕打ちをしてきたと思うの? と聞き流しましたが、
それでも言葉を切らない少年に苛立ち、彼の出生に関する秘密に言及します。


―黙りなさい! 君に何が分かるの? 君は政府の実験体で、試験管で化学合成
された人工生命なんでしょ? 生まれた瞬間から『父親』も『母親』もいない君みたいな
人間に、家族の何が分かるって言うのよ!


そう告げられた少年は、胸を張って答えたのです。


―分かります。家族は大切なものだって、たぶん、誰よりも知ってます……
僕には、どんなにがんばっても、手に入らないものだから。


父や母がいることや、誰かに望まれて生まれてくるということは、『普通の』
人間には分からないかもしれないが、本当にすごいことなのだと。
だから、あなたが娘を少しでも愛しいと思うなら、それを娘に教えてあげて
もらえないか。そうでないと、あまりにもあの子が可哀想だと。
涙を浮かべた少年に、母は己に巣食う絶望を打ち明けるのです。


―私ね、もうすぐ死ぬの。


母は自分の死期を悟り、自分がいなくなっても娘が悲しまないように、また
自分が死んだ後もお金に困らないように危険な仕事に手を染め、それに娘を
巻き込まないようにわざと遠ざけてきたのでした。
けれど、母は少年の言葉を聞き、いつか自分が死に、それで娘が悲しんだり
お金で困ることがあったりしても、娘にとっては母親と一緒に生きる今日の方が
大事なのではないかと、思い直しました。


この日を境に、母と娘はぎこちないながらも親子の日常を取り戻します。
長ければ1年、短くとも半年。命の灯が燃え尽きるまでのわずかな、しかし
輝きが約束されたささやかな幸せは、再び無慈悲に切り裂かれてしまうのです。





結婚と養子縁組を経て、私には新しい家族ができました。
当然、私が今まで共に過ごした家族とは何もかもが違っていて戸惑うことも
多いです。それでも、私は、こんな私を新しい家族の一員として迎え入れてくれた
この人達を、とても大切に思います。
この先何があるかは分かりません。衝突もあるでしょうし、ずっと先には、
別れもあるのでしょう。それでも私は、あの物語の母が気付いたように、
一緒に過ごす今日を、何よりも大切にしたいと思います。
私達は生まれつきの家族とは違うから、これから、長い時間をかけて、
様々なことを乗り越えながら、ゆっくりと家族になっていくのでしょう。