雨が嫌いな雨女様へ

「君には向いてないよ、この仕事。誰かの役に立ちたいのなら、他にも選択肢はあると思うけど?」

あの日の夢を、また見ました。

梅雨の時期になると繰り返す、突き刺さったまま抜けない棘が生む痛みを、

耳の奥に木霊する声を、窓を叩く雨音が、ゆっくりと流してくれます。

あの日の夢を見て目覚めた夜は、いつも、貴女がくれた傘を差して出掛けます。

雨が傘に跳ねる音。

カエル達の鳴き声。

濡れた道路の匂い。

そのどれよりも鮮明な、あの夜の、貴女の幻。

「うん。私も正直、あんたには向いてないと思うわ。

あんたって人見知りするし、口下手だし、いつもどこかで一線引いて、その線を越えないし越えさせない。

でもね、知ってるんだよ? 私は。長い付き合いだからね。

あんたがなんでこの道を志したのか、そのためにどれだけ努力してきたか。

いいんじゃない?

人と人が向き合う時に一番大切なのは、心よ心。HEART!

あんたには、人一倍、患者さんの笑った顔が見たい、患者さんの生活が今より、少しでも良くなるようにしたいっていう気持ちがあるんだからさ。

愛想とか、技術なんか、これから少しずつ身に付けて行けばいいのよ。

分かった?」

そんな言葉をくれた次の日。

降り続く雨の下で、貴女がくれた一本の傘。

雨が好きな雨男と、雨が嫌いな雨女。

2人が会う日は、雨の日が多くて。

降り止む気配を見せない涙空を見上げながら、あなたが紡いだ言葉は、

雨音と蛙の鳴き声にさらわれて、私達の耳にしか届かなかったけれど。

誰かの一言が大嫌いに変えてしまった、大好きだった雨の夜を。

もう一度大好きに変えたのは、あの夜貴女がくれた言葉でした。



雨が嫌いな雨女様。

貴女の空は、今、晴れていますか?

もしも、あの夜の私のように、貴女の空が曇り、雨が降り出す時があるのなら。

その時は、今度は私が貴女に一本の傘を贈ろうと思います。

あの夜の貴女がくれたのと、同じ言葉を添えて。



雨が好きな雨男より